『楽園の館』 1
御名神亭の業務日誌
「ちょっと!たったこれだけなの?!」
昭栄学園女子水泳部キャプテン、橘梓は怒鳴っていた。
今日は部の強化合宿の出発日であったが、自主参加の為、集合場所の駅前に集まったのは、たったの5人だけだった。
「まぁまぁ、梓。
みんな色々予定が有るんだから、しょうがない。
ま、やる気のある奴だけ集まれば良いじゃないか。」
横からなだめる様に声をかける前田直樹は、梓の幼なじみで昭栄学園男子水泳部キャプテンである。
が、その言葉は逆効果だった様だ。
「やる気のある奴だけねぇ…。
直樹…、あんた、このメンバーを見てそういう事言うわけ?」
あぁん?といった感じで見回す梓。
「失礼だな橘。
この僕は、やる気は満々だぞ。」
そう自信満々に答える小柄な男子、水野透は言うが…。
「あんたは女子の水着が見たいだけでしょうが!」
「その通りだ!」
梓は間髪入れずに反論するが、透も自信タップリに即答する。
いきなり梓は頭を抱えたくなる。
「お姉さまぁ~。あたしをこんな奴と一緒にしないで下さいよぉ~。」
上目遣いで目をウルウルさせながら甘ったるい声を出す女子、猫森美音子だった。
「美音子…あたしをお姉さまと呼ばないでって、言ってるでしょう?」
「や~ん、お姉さまぁ~、あたしの事は“ミーコ”って呼んで下さいよぉ~。」
怒鳴り声をものともせずに、美音子は梓に擦り寄る。
…諦める気は無いらしい。
「…あ、あの…ごめんなさい…。」
女子水泳部マネージャー(実の所、マネージャーの居ない男子部の仕事の一部も兼任しているのだが)の、姫野奈緒子は梓の怒声に怯えた様におずおずと謝っている。
「あ、あの!奈緒子ちゃんは悪く無いのよ!本当だからそんな泣きそうな顔しないで…。」
「い、いえ…ごめんなさい…。」
焦ってフォローしようとする梓と、何故かまた謝ってしまう奈緒子。
それを見て、そろそろ収拾する為に直樹が声をかける。
「さて…、ともかく、集まったメンバーがこれだけなのは仕方が無いんだから、梓もその辺にして、出発しようじゃないか。
…ちなみに、顧問の高畑先生は持病の腰痛で来られないそうだけど。」
「…ま、またぁ~!
本当に大丈夫なのこの部って…。」
梓は今度こそ頭を抱えてその場にうずくまった。
昭栄学園女子水泳部キャプテン、橘梓は怒鳴っていた。
今日は部の強化合宿の出発日であったが、自主参加の為、集合場所の駅前に集まったのは、たったの5人だけだった。
「まぁまぁ、梓。
みんな色々予定が有るんだから、しょうがない。
ま、やる気のある奴だけ集まれば良いじゃないか。」
横からなだめる様に声をかける前田直樹は、梓の幼なじみで昭栄学園男子水泳部キャプテンである。
が、その言葉は逆効果だった様だ。
「やる気のある奴だけねぇ…。
直樹…、あんた、このメンバーを見てそういう事言うわけ?」
あぁん?といった感じで見回す梓。
「失礼だな橘。
この僕は、やる気は満々だぞ。」
そう自信満々に答える小柄な男子、水野透は言うが…。
「あんたは女子の水着が見たいだけでしょうが!」
「その通りだ!」
梓は間髪入れずに反論するが、透も自信タップリに即答する。
いきなり梓は頭を抱えたくなる。
「お姉さまぁ~。あたしをこんな奴と一緒にしないで下さいよぉ~。」
上目遣いで目をウルウルさせながら甘ったるい声を出す女子、猫森美音子だった。
「美音子…あたしをお姉さまと呼ばないでって、言ってるでしょう?」
「や~ん、お姉さまぁ~、あたしの事は“ミーコ”って呼んで下さいよぉ~。」
怒鳴り声をものともせずに、美音子は梓に擦り寄る。
…諦める気は無いらしい。
「…あ、あの…ごめんなさい…。」
女子水泳部マネージャー(実の所、マネージャーの居ない男子部の仕事の一部も兼任しているのだが)の、姫野奈緒子は梓の怒声に怯えた様におずおずと謝っている。
「あ、あの!奈緒子ちゃんは悪く無いのよ!本当だからそんな泣きそうな顔しないで…。」
「い、いえ…ごめんなさい…。」
焦ってフォローしようとする梓と、何故かまた謝ってしまう奈緒子。
それを見て、そろそろ収拾する為に直樹が声をかける。
「さて…、ともかく、集まったメンバーがこれだけなのは仕方が無いんだから、梓もその辺にして、出発しようじゃないか。
…ちなみに、顧問の高畑先生は持病の腰痛で来られないそうだけど。」
「…ま、またぁ~!
本当に大丈夫なのこの部って…。」
梓は今度こそ頭を抱えてその場にうずくまった。
…昭栄学園の水泳部はハッキリ言って弱小と言ってよい。が、過去には国体優勝者を出した実績がある。
顧問の高畑先生もその一人であるが、最近は持病の腰痛で合宿などには殆ど顔を出さないので、部は両キャプテンに一任されている。
ともかく、年中使える温水プールを持っている為と、家に近いと言う理由で直樹と梓は昭栄学園に通っているのだ。
「うーみーだー!!」
駅を出ると美音子が目の前の海岸に飛び出していく。
「こらー!美音子!先に合宿所に行くわよ!!」
梓は怒鳴りながら、美音子を追いかけ…そして、首根っこを捕まえて引っ張ってくる。
「…ぁ…、え、え~っと…。 」
「あはは…梓も大変だなぁ~。」
「ふん!お子様が…。」
おろおろしている奈緒子をよそに、男子達はある意味冷静だった。
ともかく、合宿所は海水浴場の外れにあり、メンバーは荷物を降ろすと、翌日からの合宿の英気を養う為に…との美音子の提案により、海岸に出て来た。
「ひょ~、流石は我が部の誇る美女たちだなぁ~。量より質で勝負って感じだな。
橘のスポーティーなセパレート水着はイメージ通りだし、
姫野の清楚な白いワンピースと溢れそうなバストのギャップはすばらしく、
…なんといっても、猫森の三角ビキニはセクシー極まりない!…もうちょっと胸があると良いんだがな。」
透は、ここぞとばかりに女子部員のプライベート水着を吟味する。
ちなみに、透は普通のトランクスタイプ、直樹は部活と同じ競泳パンツだった。
「うっさいわねっ、水野!」
ばしゃ~!
別に普段気にしているわけでは無いがカチンと来た美音子が透に海水を浴びせかける。
「わぷっ!こ、この~…よくもやりおったなぁ…返り討ちにしてくれるわ!!」
そういうと、透も海に入り美音子に海水を浴びせる。
「やれやれ、結局、透も乗せられてるし…。」
「それは良いんだけどさ…直樹…あんた、プライベート用の水着持ってこなかったの?」
「ん?そもそもそんなモンは持ってないぞ俺は。海パンなら代えが有るが。」
「あっそ…あんたらしいわ…。」
梓は、普段プールで見慣れているはずの、幼なじみの鍛えられた広い肩や厚い胸板を太陽の下で見るのに何故だか違和感を感じてドキッとしてしまった。
が、文字通り頭を冷やす水がかけられた。
「おねぇさま~、こっちで一緒に遊びましょうよ~。」
「…美音子!こうなりゃやってやるわよ!直樹!手伝いなさい!」
さ、奈緒子ちゃんも一緒に。」
「は、はいぃ~。」
ぼーっとしていた奈緒子の腕を取りながら梓が海へと入っていく。
「やれやれ、ま、今日は遊ぶとしますか…。」
苦笑しながら、直樹もみんなの中へと入っていく。
しばらくそうして、遊んでいたが疲れて砂浜へと上がってきた時、奈緒子が不意に尋ねる。
「ねぇねぇ、お姉さま、あの島の洋館って誰か住んでるんですか~。」
「さぁ…良くは知らないんだけどね。知ってる、直樹?」
「…さぁ?地元の人もあんまり近づかないらしいからねぇ。
ま、気になるなら合宿最終日にあの島まで遠泳するから確かめてみれば?」
不意にとんでもない事を言われて驚く3人。
「ちょ、ちょっと!聞いてないですよ!
大体、あの島までどれだけ有るんですか!」
「ん~、だいたい…2㎞弱。」
「あ、あの…私も参加しなきゃいけないんでしょうか…?」
おずおずと聞くマネージャーの奈緒子。
それに答える梓。
「あぁ、奈緒子ちゃんには荷物を持ってボートで付いて来てくれれば良いわ。」
「…あの…私…ボートって、漕いだ事無いんですけど…。」
消え入りそうな声の奈緒子に、ここぞとばかりに透が言う。
「ならば、僕がボートを漕ごう!何、礼は要らないさ。ハッハッハッ!」
「ちょっと、待ちなさい!逃げたわね!」
楽をしようという魂胆みえみえの透に奈緒子が食ってかかる。
「ふん、自慢じゃないが、僕があの島まで泳ぐのは無理だ!
ならば、こうするのが最善ではないか!」
「…いや、透…本当に自慢にならんぞ…。」
呆れる直樹と美音子だったが、
「…そうね、奈緒子ちゃんと一緒ってのは気になるけど、下手に溺れられても困るわ。
本田君ほボートで付いてきて。」
「…まぁ、梓が言うならしょうがない。それで行こう…。」
直樹も了承し話はまとまる。ただ一人、美音子がブツブツいってはいたが。
それから数日、合宿自体は大きな問題も無く進んでいった。
…もっとも、奈緒子は直樹と梓のサポートに徹していたので、透と美音子は放置されていた感はあるが…。
合宿最終日。
メンバーは、近くの海岸に集合していた。
初日と違い、各々練習用の競泳水着である。ちなみに、弱小部の為、揃いのユニフォームは無い。
「うむ、屋外で見る競泳水着も趣きがあるな。
橘のS2000は既に廃盤だが…、背中のカッティングが無いのは残念だがな。
バックファスナー使用の拘束感が淫靡。カラーの黒も濡れた時の質感がレザーっぽく見えるのも高ポイント。
猫森のアクアブレードⅡの極限のカットは競技用とはいえ、大胆過ぎる。しかもその薄さと目に鮮やかな赤は挑発という言葉以外になんと言おうか!
姫野も今日はスクール水着か。いつもジャージで残念だったんだよなぁ。
しかし、シンプルな紺色の競スクタイプに、このバストサイズは谷間が強調されてかなりそそられる。」
「水野!てめぇ、エロい目で見てんじゃねぇよ!」
「あんたねぇ…本気で殴るわよ…。
って言うか、奈緒子ちゃんと一緒にボートに乗せるのが不安になって来たわね…。」
「……。」
例によって透は水着の解説を始めて、女子から非難をくらっている。
まぁ、本人は褒めているつもりなのだから止まらない訳だが。
「はいはい、みんなそのぐらいにしておかないと、時間がなくなっちゃうだろ?
透も泳ぐ姿に見とれて、ボートをひっくり返すなよ?」
「僕がそんなマネをする訳無いぞ。」
無駄に自信満々に透が言うのを女子達は不安そうだったが、直樹の言うことももっともだった為、素直に準備を始める。
「よし、これで必要なものはボートに積み込んだわね。
それじゃあ、行きましょうか。」
「あぁ、透。
たぶん、美音子が遅れるだろうから、なるべくそっちに合わしてやってくれ。」
「わかっている。」
「……。」
美音子は不満そうだったが、実際二人について行くことは無理そうだったので素直に黙っていた。
「…本田くん、…よろしくね。」
「あぁ…。」
「よし、出発。」
こうして、メンバーは島に向かって泳ぎ始める。
先頭はクロールの直樹、続いて梓。随分遅れて平泳ぎの美音子とボートの透と奈緒子。
器用に美音子が泳ぎながら文句を言う。
「ちょ、ちょっと…、なんであの二人は…、クロールなんかで…進めるのよ…。」
「あの二人は僕たちとは違いすぎるんだよ。
猫森。くっちゃべってる余裕があるがあるならキリキリ泳げ!」
「うっさいわね!…泳いでないあんたに言われたく…ないわよ!」
「…あ、あの…、ミーコちゃん、がんばって…。」
「わかってるわよっ。」
一方、先を行く直樹と梓はあと少しで島まで付く所まで泳いでいた。
幼なじみの二人の出会いはスイミングクラブ。その頃は梓の方が背も高く、早く泳げていた。
しかし、最近は身長も追い越され、泳ぎも勝てずにいる。
それが悔しい梓は、この場で直樹より早く島に着きたくてラストスパートをかける。
だが、直樹を抜いて島まであと少しの所で思いもかけない事がおこった。
「痛ぅ~。」
急に右足に激痛が走る。思わず泳ぎどころでは無くなった梓の異変に気付いた直樹は、梓を引っ張って島に泳ぎ着く。
「ふぅ…梓、大丈夫か?」
「ハァハァ…あ、ありがと…。」
痛みに顔をしかめながら右足に手をやる梓に、
「どうしたんだ?
…あぁ、足がつったのか…ちょっと待ってろ。」
「えぇ…。って、な、直樹!?ちょ、ちょっと!…痛い…んっ…はぁあ…。」
いきなり直樹は梓の右足をつかむと、丹念にもみほぐしていく。
いくら幼なじみでも、男性に足をつかまれている事実に梓の思考が混乱していると、直樹が声をかけてくる。
「梓、もう大丈夫か?」
「ひゃっ!
あ…う、うん…もう大丈夫…。」
「そっか、良かった。
…だけど、ビックリしたよ。梓が足をつるなんて珍しい。…合宿メニューで疲れが溜まってたのか?」
何だか、直樹と二人きりでドキドキしてきた梓は、またもボーっとしていたらしい。
「…え?…そ、そうね、ちょっと無理をしてたのかなぁ…。」
「梓は昔っから無理をするからなぁ…危なっかしくて見てられないよ。」
「ちょ、ちょっと、そういう直樹だって、最近は一人で先に言っちゃうんだもん…ずるいよ…。」
「…そ、そうだな…悪かった…。」
見つめ合う二人が微妙な空気に包まれるのを感じながら、少しずつ顔が近づいてゆく…それを破ったのは後から来たボートだった。
「おーい!
直樹、橘!猫森が大変だ!」
慌てて離れる二人が見ると、ボートに捕まっている美音子が見えた。
何かがあったのは間違いないようだ。二人はボートに近づく。
「どうしたんだ、一体。」
「ミーコちゃんが…、ミーコちゃんが…。」
奈緒子がオロオロしている、よほど大変な事がおこったのかと思った二人だったが、
「ちょ、ちょっと、奈緒子。あたしが死にそうな顔は止めてよ。
ちょっと、クラゲに刺されただけなんだから…痛てて…。」
見れば、奈緒子の足の付け根辺りが赤くはれている。
「クラゲか…良かった、たいした事じゃなくて…でも、薬、持ってないわね…。」
「はいぃ…すみません。私は至らないばっかりに…。」
奈緒子が全て自分のせいだと言わんばかりの顔で涙ぐむ。
「あぁ、奈緒子ちゃんのせいじゃないから、そんな顔しないでよ。」
「…しょうがないな…。
上手く行けば人が居るかもしれない。あの洋館まで行ってみよう。」
事態を見ていた直樹はそう提案する。
一同、驚いたものの、ほかに良い案があるわけでもないので、同意する。
ボートから持ってきた、バスタオルで身体を拭くと、ジャージを羽織って洋館へと向かう。
いつの間にか、晴れていた空は暗雲が垂れ込んでいた…。
(『楽園の館』 2へ続く。)
顧問の高畑先生もその一人であるが、最近は持病の腰痛で合宿などには殆ど顔を出さないので、部は両キャプテンに一任されている。
ともかく、年中使える温水プールを持っている為と、家に近いと言う理由で直樹と梓は昭栄学園に通っているのだ。
「うーみーだー!!」
駅を出ると美音子が目の前の海岸に飛び出していく。
「こらー!美音子!先に合宿所に行くわよ!!」
梓は怒鳴りながら、美音子を追いかけ…そして、首根っこを捕まえて引っ張ってくる。
「…ぁ…、え、え~っと…。 」
「あはは…梓も大変だなぁ~。」
「ふん!お子様が…。」
おろおろしている奈緒子をよそに、男子達はある意味冷静だった。
ともかく、合宿所は海水浴場の外れにあり、メンバーは荷物を降ろすと、翌日からの合宿の英気を養う為に…との美音子の提案により、海岸に出て来た。
「ひょ~、流石は我が部の誇る美女たちだなぁ~。量より質で勝負って感じだな。
橘のスポーティーなセパレート水着はイメージ通りだし、
姫野の清楚な白いワンピースと溢れそうなバストのギャップはすばらしく、
…なんといっても、猫森の三角ビキニはセクシー極まりない!…もうちょっと胸があると良いんだがな。」
透は、ここぞとばかりに女子部員のプライベート水着を吟味する。
ちなみに、透は普通のトランクスタイプ、直樹は部活と同じ競泳パンツだった。
「うっさいわねっ、水野!」
ばしゃ~!
別に普段気にしているわけでは無いがカチンと来た美音子が透に海水を浴びせかける。
「わぷっ!こ、この~…よくもやりおったなぁ…返り討ちにしてくれるわ!!」
そういうと、透も海に入り美音子に海水を浴びせる。
「やれやれ、結局、透も乗せられてるし…。」
「それは良いんだけどさ…直樹…あんた、プライベート用の水着持ってこなかったの?」
「ん?そもそもそんなモンは持ってないぞ俺は。海パンなら代えが有るが。」
「あっそ…あんたらしいわ…。」
梓は、普段プールで見慣れているはずの、幼なじみの鍛えられた広い肩や厚い胸板を太陽の下で見るのに何故だか違和感を感じてドキッとしてしまった。
が、文字通り頭を冷やす水がかけられた。
「おねぇさま~、こっちで一緒に遊びましょうよ~。」
「…美音子!こうなりゃやってやるわよ!直樹!手伝いなさい!」
さ、奈緒子ちゃんも一緒に。」
「は、はいぃ~。」
ぼーっとしていた奈緒子の腕を取りながら梓が海へと入っていく。
「やれやれ、ま、今日は遊ぶとしますか…。」
苦笑しながら、直樹もみんなの中へと入っていく。
しばらくそうして、遊んでいたが疲れて砂浜へと上がってきた時、奈緒子が不意に尋ねる。
「ねぇねぇ、お姉さま、あの島の洋館って誰か住んでるんですか~。」
「さぁ…良くは知らないんだけどね。知ってる、直樹?」
「…さぁ?地元の人もあんまり近づかないらしいからねぇ。
ま、気になるなら合宿最終日にあの島まで遠泳するから確かめてみれば?」
不意にとんでもない事を言われて驚く3人。
「ちょ、ちょっと!聞いてないですよ!
大体、あの島までどれだけ有るんですか!」
「ん~、だいたい…2㎞弱。」
「あ、あの…私も参加しなきゃいけないんでしょうか…?」
おずおずと聞くマネージャーの奈緒子。
それに答える梓。
「あぁ、奈緒子ちゃんには荷物を持ってボートで付いて来てくれれば良いわ。」
「…あの…私…ボートって、漕いだ事無いんですけど…。」
消え入りそうな声の奈緒子に、ここぞとばかりに透が言う。
「ならば、僕がボートを漕ごう!何、礼は要らないさ。ハッハッハッ!」
「ちょっと、待ちなさい!逃げたわね!」
楽をしようという魂胆みえみえの透に奈緒子が食ってかかる。
「ふん、自慢じゃないが、僕があの島まで泳ぐのは無理だ!
ならば、こうするのが最善ではないか!」
「…いや、透…本当に自慢にならんぞ…。」
呆れる直樹と美音子だったが、
「…そうね、奈緒子ちゃんと一緒ってのは気になるけど、下手に溺れられても困るわ。
本田君ほボートで付いてきて。」
「…まぁ、梓が言うならしょうがない。それで行こう…。」
直樹も了承し話はまとまる。ただ一人、美音子がブツブツいってはいたが。
それから数日、合宿自体は大きな問題も無く進んでいった。
…もっとも、奈緒子は直樹と梓のサポートに徹していたので、透と美音子は放置されていた感はあるが…。
合宿最終日。
メンバーは、近くの海岸に集合していた。
初日と違い、各々練習用の競泳水着である。ちなみに、弱小部の為、揃いのユニフォームは無い。
「うむ、屋外で見る競泳水着も趣きがあるな。
橘のS2000は既に廃盤だが…、背中のカッティングが無いのは残念だがな。
バックファスナー使用の拘束感が淫靡。カラーの黒も濡れた時の質感がレザーっぽく見えるのも高ポイント。
猫森のアクアブレードⅡの極限のカットは競技用とはいえ、大胆過ぎる。しかもその薄さと目に鮮やかな赤は挑発という言葉以外になんと言おうか!
姫野も今日はスクール水着か。いつもジャージで残念だったんだよなぁ。
しかし、シンプルな紺色の競スクタイプに、このバストサイズは谷間が強調されてかなりそそられる。」
「水野!てめぇ、エロい目で見てんじゃねぇよ!」
「あんたねぇ…本気で殴るわよ…。
って言うか、奈緒子ちゃんと一緒にボートに乗せるのが不安になって来たわね…。」
「……。」
例によって透は水着の解説を始めて、女子から非難をくらっている。
まぁ、本人は褒めているつもりなのだから止まらない訳だが。
「はいはい、みんなそのぐらいにしておかないと、時間がなくなっちゃうだろ?
透も泳ぐ姿に見とれて、ボートをひっくり返すなよ?」
「僕がそんなマネをする訳無いぞ。」
無駄に自信満々に透が言うのを女子達は不安そうだったが、直樹の言うことももっともだった為、素直に準備を始める。
「よし、これで必要なものはボートに積み込んだわね。
それじゃあ、行きましょうか。」
「あぁ、透。
たぶん、美音子が遅れるだろうから、なるべくそっちに合わしてやってくれ。」
「わかっている。」
「……。」
美音子は不満そうだったが、実際二人について行くことは無理そうだったので素直に黙っていた。
「…本田くん、…よろしくね。」
「あぁ…。」
「よし、出発。」
こうして、メンバーは島に向かって泳ぎ始める。
先頭はクロールの直樹、続いて梓。随分遅れて平泳ぎの美音子とボートの透と奈緒子。
器用に美音子が泳ぎながら文句を言う。
「ちょ、ちょっと…、なんであの二人は…、クロールなんかで…進めるのよ…。」
「あの二人は僕たちとは違いすぎるんだよ。
猫森。くっちゃべってる余裕があるがあるならキリキリ泳げ!」
「うっさいわね!…泳いでないあんたに言われたく…ないわよ!」
「…あ、あの…、ミーコちゃん、がんばって…。」
「わかってるわよっ。」
一方、先を行く直樹と梓はあと少しで島まで付く所まで泳いでいた。
幼なじみの二人の出会いはスイミングクラブ。その頃は梓の方が背も高く、早く泳げていた。
しかし、最近は身長も追い越され、泳ぎも勝てずにいる。
それが悔しい梓は、この場で直樹より早く島に着きたくてラストスパートをかける。
だが、直樹を抜いて島まであと少しの所で思いもかけない事がおこった。
「痛ぅ~。」
急に右足に激痛が走る。思わず泳ぎどころでは無くなった梓の異変に気付いた直樹は、梓を引っ張って島に泳ぎ着く。
「ふぅ…梓、大丈夫か?」
「ハァハァ…あ、ありがと…。」
痛みに顔をしかめながら右足に手をやる梓に、
「どうしたんだ?
…あぁ、足がつったのか…ちょっと待ってろ。」
「えぇ…。って、な、直樹!?ちょ、ちょっと!…痛い…んっ…はぁあ…。」
いきなり直樹は梓の右足をつかむと、丹念にもみほぐしていく。
いくら幼なじみでも、男性に足をつかまれている事実に梓の思考が混乱していると、直樹が声をかけてくる。
「梓、もう大丈夫か?」
「ひゃっ!
あ…う、うん…もう大丈夫…。」
「そっか、良かった。
…だけど、ビックリしたよ。梓が足をつるなんて珍しい。…合宿メニューで疲れが溜まってたのか?」
何だか、直樹と二人きりでドキドキしてきた梓は、またもボーっとしていたらしい。
「…え?…そ、そうね、ちょっと無理をしてたのかなぁ…。」
「梓は昔っから無理をするからなぁ…危なっかしくて見てられないよ。」
「ちょ、ちょっと、そういう直樹だって、最近は一人で先に言っちゃうんだもん…ずるいよ…。」
「…そ、そうだな…悪かった…。」
見つめ合う二人が微妙な空気に包まれるのを感じながら、少しずつ顔が近づいてゆく…それを破ったのは後から来たボートだった。
「おーい!
直樹、橘!猫森が大変だ!」
慌てて離れる二人が見ると、ボートに捕まっている美音子が見えた。
何かがあったのは間違いないようだ。二人はボートに近づく。
「どうしたんだ、一体。」
「ミーコちゃんが…、ミーコちゃんが…。」
奈緒子がオロオロしている、よほど大変な事がおこったのかと思った二人だったが、
「ちょ、ちょっと、奈緒子。あたしが死にそうな顔は止めてよ。
ちょっと、クラゲに刺されただけなんだから…痛てて…。」
見れば、奈緒子の足の付け根辺りが赤くはれている。
「クラゲか…良かった、たいした事じゃなくて…でも、薬、持ってないわね…。」
「はいぃ…すみません。私は至らないばっかりに…。」
奈緒子が全て自分のせいだと言わんばかりの顔で涙ぐむ。
「あぁ、奈緒子ちゃんのせいじゃないから、そんな顔しないでよ。」
「…しょうがないな…。
上手く行けば人が居るかもしれない。あの洋館まで行ってみよう。」
事態を見ていた直樹はそう提案する。
一同、驚いたものの、ほかに良い案があるわけでもないので、同意する。
ボートから持ってきた、バスタオルで身体を拭くと、ジャージを羽織って洋館へと向かう。
いつの間にか、晴れていた空は暗雲が垂れ込んでいた…。
(『楽園の館』 2へ続く。)
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